平和と孤独

大学というものは、授業の取り方によっては時間割が2〜3時間も空くことがある。そういったときは特にする事もないのに学校で時間をつぶす事になる。サークルや部活の部室のような、ちょっとした時間を気楽に過ごせる場所がある人は、そういったところで時間をつぶす。時間をつぶす場所に困っている人は、食堂にでもいって友達とだべっている。

そんな中で、空き教室を探して適当な席に座り時間をつぶしている人たちがいる。僕と美野里はそういった学生たちに分類される。ただ時間をつぶすだけに勝手に教室に入っているので、なんとなく罪悪感からか電気をつけていない。その日は珍しく同じ教室には誰もいなかった。だから、薄暗い階段教室で美野里と二人きりだ。

人の少ない教室独特の寂しさが漂っている。
教室の一番後ろ、窓に近い席に二人並んで座っていた。教室の窓の外には隣の棟へ接続している通路が見えるが授業時間ということもあって、人が一人も通っていない。

僕と美野里はTVで戦争孤児の話をしていたとか、世界中の恵まれない子供たちへの募金をしていた人がいたとか、戦争反対のデモがニュースになっていたとか、はっきり覚えていないけれどそんな話題で会話をしていたように思う。はっきりと覚えているのは
「平和って孤独と紙一重なんだよ」
と僕が言ったあたりからだ。

「ふーん」
美野里は答えた。何とも興味なさそうな答えだ。平和とか戦争とかの話題がどう始まったのか、どういう流れだったのかはっきりと覚えていないだけに強くは言えないが、このての話を僕から始めたとは思いにくい。
きっと美野里が始めた話題だったはずだ。それなのに僕がすこし哲学的な話し方になるととたんに美野里は興味をなくすようだ。

「ああ、興味ないか。ならいいや」
平和と孤独が紙一重だなんていう飛躍した発想は、家で考え事をしていたときにふと思いついた事で個人的には非常に面白いと思った事の一つだった。
僕は家で考え事をするのは趣味みたいなものだ。経済の事、政治の事、恋愛の事、勉強の事、友達の事、お金の事、アルバイトの事などなど、その方向性は多岐にわたる。
その中で世界平和を訴える人たちについても考えてみたのだ。
「え?ううん、そんなことないよ。話してよ」
美野里の言葉はその内容に反して棒読みだ。興味があるのか無いのか微妙なところだ。そんな反応の薄い美野里に対して僕は語り始めた。

「平和ってどういう状況だろうって考えたんだよ。平和ってことは争いが無いってことだろう?つまりは争う相手がいないってことなんだよ。それってつまり敵がいないって事になるんじゃないかと思ったんだよ」
平和という言葉から敵がいないということを連想したところまでを一気に話した。
美野里にこのての話をすると飛躍しすぎていると否定される事が多い。このときも当然のように否定された。
「平和って争いが無いってことでもないんじゃないかな?喧嘩する程仲がいいとも言うし、争っているからってそれが平和じゃないって言うのはいい過ぎだよ」
美野里はこういう話を始めると、興味なさそうにしていたわりに結構食いついてくる。その指摘は的外れだったりもするのだけれど。
「争いの規模にもよるけど、要するに忌み嫌う敵がいないっていう状況が平和だと思うんだよ」
美野里はかなり不満そうに
「うーん。あんまり納得できないけど、それ認めないと次ぎ進まないんでしょ?とりあえず続き聞かせて。そしたら納得するかもしれないし」

始めから納得を得ることが出来なくて少し残念に思いながらとりあえず僕は続ける事にした。
「敵がいないってことはさ、皆が仲間ってことか、無関心な人たちばっかりってことだと思ったんだよ。そしたらさ、仲間って何だろうって思ってたんだよ。仲間ってどうなってたら仲間なんだろって」
僕は議論を絞り込んでいってだんだん確信に近づかせる。美野里が少しずつ話をしっかりと聞いてくれてるような顔になってきていた。
「うーん。仲間がいるなら孤独じゃないんじゃないの?平和って孤独だって話だったよね?」

僕は美野里の言葉に直接は答えず、自分の話を進めていく。
「もちろんそうだよ。仲間って何かって考えるとさ、友達?同じ組織に所属してる人?同じ国の人?とかって考えていったんだけど、多分平和主義者の人から言わせたら、世界中の人が仲間で助け合い生きていく世界にするべきって話だと思うんだよ。そして助け合って生きていく人たちこそ仲間ってことなんだとね」
美野里がせっかくかわいい顔を少ししかめて反論する。
「それは飛躍し過ぎ?そういう人もいるかもしれないけど、平和主義者の皆が皆、世界中の人が助け合って生きていくべきだなんて考えているわけじゃないでしょ」
美野里のこの反論はもっともだ。確かにそうだと。

「でもさ、そうでない平和主義の人が求めるものは何?そしたら平和って何?もやもやとした概念みたいな話になってくると、平和に対する考え方の違いだけであらそいが生まれて平和じゃなくなっていく」
僕は意図せずすこし口調が強くなってしまった。失敗したなと自分で後悔した。
「ちょっと、そんなに強く言わないでよ。そもそも、平和ってもやもやしたものでしょう。もやもやしたものをもやもやしたままでいいって思っている人もいっぱいいる。無理な主張をしてるのは孝志の方だよ」
やっぱり少し強く言い過ぎてしまったようだ。
「ああ、うん。ごめん。今のは言い過ぎてるし、飛躍しすぎてた。ちょっと言いたい事からもそれてたし。ほんとにごめん。でもいいたいのは、平和って言葉を突き詰めるとみんな同じ人間だから争いなくみんなが幸せになるようにしていこうっていう話になっていく気がするんだよ」
僕の言葉に対して美野里は少し考えてから
「うーん。そういわれると、うーん」

話がだんだん抽象的になってきたせいもあって、話をするのも聞いている美野里も思考が追いついていないかもしれない。僕自身も何を言っているのか分からないようになってきた。それでもここまで言ったのだから結論まで言わないと美野里にも悪いし、次の授業までの時間もなくなってきた。次の授業は今いる教室の隣の部屋だからあんまり急ぐ事もないのだけど。

「うーん、ちょっとつながりが悪くなるけど、始めに言いたかった事は世界中の皆が仲間だって言うような状況になったとしたら、それは仲間って言うのものがわからなくなって、誰と誰までが自分と同じ考え方をしているのかって言うのがわからなくなる。自分に近い人って言うのが曖昧になっていくと思うんだ。そういうとき、人を仲間だと確認するのに、共通の敵がいるっていうのはすごく便利な状況だと思うんだよ。本当に世界平和を望んでいる人たちの想い通りに世界が平和になったら、その人たちは世界平和を脅かそうとする人を探して、未然に防ごうとか考えるんじゃないかな。それって敵を捜しているようなものだし、自分の敵を求めている。そうでないと自分が何者か分からなくなるから・・・」

一気にしゃべった僕をみて、美野里が急に笑い出した。
「あははは。なんか、うん途中から何いってるのかわからなかった。でも、うん何となく分かった。みんなが仲良くっていうと、みんな差がなくなってしまうから、仲良くしてるのかどうか分からなくなって孤独に感じるってことね」
美野里があっさりとまとめてしまった。なんだか気の抜けた終わり方になってしまったけどだいたい言いたい事はあっているし、特に文句もない。こうもあっさりとまとめられると、無駄な時間を過ごしてしまった気にもなる。
「まあ、なかなかおもしろかったけど、あんまりはっきりとしてない感じだね。こういう哲学的な事はどうしてもそうなるんだろうけど。まあ、授業行こうか」
美野里の言葉に従って僕は席を立った。

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