車から降りて空を見上げると、小さな光が生まれているのが見えた。
私はその光の未来を知っている。
誰にも気づかれる事なく消えていくのだ。地球の周りをぐるぐると回っていたのだろうか、遥か遠くの宇宙からやってきたのだろうか、どちらにしてもそれはただ宇宙の塵であり、誰もその存在を知るものはいなかったはずだ。
最後の力を振り絞り、誰かにその存在を知ってもらいたくて光り輝こうとしているんだ。
ただ、それは報われない。
今日あった事のあらゆる憂鬱を込めて空を見上げたりしなければ、私もその光に気づく事はなかっただろう。そして、私以外の人は誰も気づきもしないだろう。
「俺なんかしか、気づいてくれないなんて。お前も俺と似たようなもんだよな」
私は、生まれ始めようとしている流星に向かって言う。
おそらくは誰でもが思う事だろう。自分の存在価値はいかほどのものなのかということを。誰も自分に気づいてくれていないと錯覚を覚える事もあるだろう。
そんなとき多くの人は一瞬でもいいから輝きたいと強く思うものなのだ。
私もその一人で今日まで輝くために努力をしてきたのだ。一瞬でもいいから輝くために。
しかし、それは失敗に終わった。確かにかすかな光を出したのかもしれないが、それはやはり誰にも気づかれる事はなかった。
「おつかれさま」
ひとこと言ってくれる人がいたものの、その言葉には哀れみの感情が込められていた。
そんな言葉をかけられて絶望とともに帰ってきたところなのだ。
流星にでも慰めてもらいたかった。
空を眺めていると、小さな光は想像していたよりも大きくなっているように見える。
私の思っていた彼の未来は、少し違うのかもしれない。
何気なく夜空を眺める人は気づいてくれるかもしれない。その光は近くで光を発する一等星と並べても消して劣りはしない程の輝きを魅せいていた。私が頑張ったからといってあそこまでの輝きは出せないだろう。もしも私があそこまで輝けたなら、哀れみのこもった言葉など聞かなくて良かったのだろう。
「おまえを勘違いしていたよ。俺なんかとは似ても似つかないようだ」
流星に謝罪の意味を込めていった。
彼が最後に放つ光に私以外にも何人か気づいた人がいた事だろう。空を何気なく見上げるといやでも目に入るほどに流星の光は大きい。
今日、これまでの私の全精力を注いで放った儚い光は、夜空を切り裂く彼の光にとても及びそうもない。
人は誰でも周りのものが自分と似ていると思いたくて、似ている部分をひたすらに探しているという話を聞いた事がある。同じブランドの腕時計をしているだけでも、ものすごい親近感が湧くことがあるそうだ。それは、自分と趣向が似ていると感じられた喜びが大きいかららしい。
そういう感情は、何か思い悩んでいたりする場合に多いとも言われている。
小さく光り始める流れ星を見て、私は今日の自分と似ていると思いたかったのだろう。今日の私はひどい有様だった。
「今日はいよいよお前の企画のプレゼンだな。・・・がんばれよ」
一週間程前に提出した私の企画書を読んだ気の優しい上司が、興味を持ってくれる企業を探してくれたのだ。四日程前に興味を持ってくれる企業が見つかったと言われたときは、有頂天になっていた。
実際にプレゼンの会場に行った時に、その場にい居たのは2人だった。一人は企業に話を付けてくれた私の上司だ。もう一人は取引先になるかもしれない企業の担当者で、その人にいい印象を持って貰えればなにかが進展したかもしれない。ただ、彼は眠たそうだった。
流星の光はさらに大きくなっていく。満月と変わらないほどに輝いているようにも見える。ここまで明るく光る流星は見た事がなかった。流星の進む未来がどういうものなのか、否が応でも興味を持たされた。
「なんだ、似てないどころかお前は英雄にもなれそうじゃないか。」
ため息まじりに流星につぶやく。ここまで明るくなると空を眺めていなかった人も、この変化に気づくんじゃないだろうか。あたりはまるで月が二つになったかのような明るさになっていた。
興味を持ってもいなかった人に興味を持ってもらう事は途方もなく難しいことだ。眠たそうな彼の目を覚まさせるようなプレゼンができたなら、私も未来があっただろう。
あの流星には未来がある。彼のように強く光り輝けば、インターネットにでも大きな流星を見たという書き込みがされるかもしれない。それだけでも、未来に名を残せているというものだ。
私がプレゼンをした事なんて、記録されもしないだろうし誰の記憶にも残らないかもしれない。上司はどんな想いであの場を用意してくれたかは分かる。おそらく、興味を持ってくれたというより、昔からのつてを頼って話だけでも聞いてもらえるよう頼んでくれたのだろう。
私はあまりにも成果を出せていなさすぎたのだ。せめて何か形にしてやりたいと思ってくれたのは嬉しいが、期待に応える事は出来なかった。
私がプレゼンを始めると、ただ一人の聴衆は深い眠りについた。私はどうしていいか分からなくなった。このまま続けるわけにも、やめるわけにもいかない状況でただ謝るしかなかった、
「すみませんでした。もう結構です。ありがとうございました」
それ以外何も言えなかった。
あの流星は、どこまで光る努力を続けるのだろうか。願わくば私の届かなかった思いを託したい。
流星の光はついにあたりを昼間のように照らし始める。その光の大きさに驚かずにはいられない。興味がない人も気づくという程度ではない。今、屋外にいる人の全てが彼の光に気付くだろう。
「お・・・」
もはや私には、光り続ける流星にかける言葉はない。
火球という言葉を聞いた事がある。ものすごく明るい流星の事をそういうらしい。なにか明確な基準があるらしいがしっかりと覚えてはいない。ただ間違いなく、今、私が見ているものは火球と呼ばれるべきものだろう。
全ての人を振り向かせるカリスマ性、ただ一瞬だけで消えていく神秘性。一度見た人を虜にするそれは、天体愛好家が一度は観測したいと願うものらしい。
私はそんな火球と、今は私よりも二階級も上に進んでしまった同期を重ね合わせていた。
その男は入社した当初から輝いていた。別に何か特殊な技術を身につけていたわけではないけれど、何かと要領が良く、彼の考えた企画はいつも評価された。私には真似が出来ないと、比べるたびにひどく落ち込されたものだ。
自分と同じ存在だと思っていたものが驚くべき変化を遂げる事がある。今までも何度か経験してきた事なのに、たまたま見つけた一つの流星に対して同じように親近感を持ち、そして裏切られるなんて私はどこまで愚かだろうか。
人は誰でも周りのものが自分と似ていると思いたくて、似ている部分をひたすらに探しているという話には実は続きがある。それは多くの場合、似ても似つかないものだと後で気づかされるらしいのだ。
最大限まで膨らんだ空の光は少しずつ小さくなり始める。空を見上げていた人が感じただろう驚きの余韻は、もう少し続くのだろうが、火球はそろそろ力尽きるようだ。
活躍している同期が自分と同じ所まで堕ちてきてくれそうな気がして、なんだか心が和んだ。
こんな事を考えてはいけないのは分かる。彼はもっともっと偉くなっていくべきだ。そういう星のもとで生まれているはずなのだ。
人は他人の不幸を祈ってしまうものだという事もよくいわれている事だ。
当たり前の感情ばかり浮かぶ自分になんだか少しイライラしてきた。一つの流星をこんな風に眺める事は普通はない。今日は少し特別な気分だった事は間違いない。それでも、同期の不幸を祈ってしまった自分を少し卑しく思う。
光は消えてゆく。一度は太陽と見まごうばかりの光を作った彼も、所詮は宇宙の塵にちがいはない。明るく輝ける時間はわずかなのだ。
私がいろいろと無駄な事を考えた時間もやはりわずかな時間なのだ。
今日の出来事を悲しみすぎて前に進もうとしなさ過ぎたのだ。同期を引き合いに出したり、今日のことを嘆いたりしている自分がばからしい。
どうせ前に進むしかないのだ。身の丈を知り進む道を進めばいいのだ。
真上にあげた視線を前方に戻しまっすぐに帰路についた。